2026年現在、美容外科「高須クリニック」の院長として長年にわたり日本の医療界やメディアで圧倒的な存在感を放ち続ける高須克弥氏。2014年の尿管がん発症公表以来、全身転移を伴う過酷な闘病生活を送りながらも、最前線でユニークな発信を続け、社会貢献活動にも尽力しています。本記事では、公式情報や近年の著書『高須の遺言』で語られた最新の病状、これまでの治療の軌跡、そして医師・篤志家としてのリアルな歩みを解説します。
高須克弥院長のがん闘病の経緯と11年に及ぶ歩み

高須克弥氏ががんと向き合う生活を公にしてから、すでに10年以上の月日が流れています。最初の転機となったのは2014年の尿管がん発症であり、その後も複数箇所への転移や再発が確認されてきました。年齢を重ねるにつれて体力的な負担や身体の不調は増しており、2025年夏には大量の血尿により緊急手術を受けるなど、予断を許さない局面に直面しています。
しかし、高須氏はそうした過酷な医療データや身体的苦痛に対して悲観するのではなく、常にユーモアと独自のポジティブシンキングを貫いてきました。2025年10月に刊行された6年ぶりの著書『高須の遺言』の発売記念会見では、「現在の体調は最悪。頻尿で体もだるく、睡眠薬を2時間おきに飲む状態」と包み隠さず現状を明かしつつも、「突然死と違って、がんは死ぬことが計画できて終活もできる。夢の大きい病気です」と語り、世間に大きな衝撃と勇気を与えました。新しい治療法が登場するのを待ちながら1日でも長く生きる姿勢を崩していません。
昭和大学での医学博士号取得と「高須クリニック」創設の原点
高須克弥氏の医師としてのキャリアは、昭和大学医学部および同大学院医学研究科博士課程の修了から始まります。親族に医師が多い環境のなか、あえて当時家族にいなかった整形外科を選択。1973年には「四肢切断者の幻肢に関する研究」で医学博士号を取得しました。
その後、西ドイツのキール大学をはじめ、イタリアのボローニャ大学やローマ大学などヨーロッパ各地へ研修留学を重ねました。特にキール大学での研修で目にした最先端の外科手術技術に感銘を受け、「この技術を日本に持ち帰れば第一人者になれる」と確信を得たことが、その後の美容外科医としての飛躍的な成功の礎となりました。日本を代表する美容外科医として「Yes, 高須クリニック」のフレーズとともにメディアミックス戦略を成功させ、大衆文化の中でも異彩を放つ存在となりました。
生涯の伴侶・高須シヅ医師との絆と家族の歩み
高須氏の人生を語る上で欠かせないのが、のちに妻となった高須シヅ氏の存在です。18歳のとき、大学の同級生として隣の席で知り合ったシヅ氏は、実家が医者という共通点もあり、のちに産婦人科医の道を歩みました。夫婦ともに医師としてそれぞれの専門分野で研鑽を積み、公私にわたる良きパートナーとして高須家を支え続けました。
また、パートナーである漫画家の西原理恵子氏とも長年にわたり深い信頼関係で結ばれており、闘病生活や日々の活動を支える大きな精神的支柱となっています。公私における強い絆が、高須氏の折れない精神力を支える原動力となっています。
高須克弥氏の経歴・活動ハイライト
これまでの高須克弥氏の主な経歴や社会的活動の変遷を以下のテーブルに整理します。
| 時期・年代 | 主な出来事・キャリア | 備考・詳細 |
|---|---|---|
| 1945年 | 愛知県生まれ | 医学界・僧侶など多方面に通じる家系に生まれる |
| 昭和大学卒業後 | 大学院進学・海外留学 | 昭和大学医学部卒業、同大学院修了。「四肢切断者の幻肢に関する研究」で医学博士取得。キール大学等へ留学 |
| 1970年代〜 | 高須クリニック開業・メディア進出 | 独自の美容外科医療を展開。メディア出演を通じて「Yes, 高須クリニック」が広く浸透 |
| 2014年 | 尿管がんの公表 | がんとの闘病生活がスタート。以降、複数回の治療や手術を重ねる |
| 近年(2025年〜2026年) | 著書『高須の遺言』上梓・現在 | 全身がん闘病の最中、6年ぶりの新刊を発売。売上寄付や社会貢献を継続 |
チャリティーと社会貢献活動:高須記念財団による支援の軌跡
医師・タレントとしての顔だけでなく、高須克弥氏は多額の私財を投じる篤志家としても知られています。一般財団法人高須克弥記念財団およびかっちゃん基金などを通じ、国内外の困難な状況にある人々や子供たちへの支援を長年続けています。
具体例として、チベット難民の子供たちの教育推進を目的とした「チベットの子供達への教育と福祉基金」への寄付(総額1000万円規模)をはじめ、国際子供レスリング大会への支援、渇水に悩むパラオ共和国の子供たちへのミネラルウォーター代金の寄贈など、多岐にわたる人道支援を行っています。また、直近の著書『高須の遺言』の収益についても、台湾の地震被災者へ全額寄付するなど、その慈善の精神は一貫しています。自身の病状が厳しさを増す中でも、社会に対する恩返しや次世代への支援の手を緩めない姿勢は、多くの支持を集めています。
【高須克弥がん】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:高須克弥院長は現在どのようながんを患っていますか?
A1:2014年に公表した尿管がんを出発点として、現在は全身への転移・再発が確認される「全身がん」としての闘病を続けています。体調の波が大きい中でも、治療を受けながら前向きに活動しています。
Q2:最新の著書『高須の遺言』にはどのような思いが込められていますか?
A2:全身がんとの闘病生活の中で、80歳を迎えた集大成として“最期の言葉”や後世に残したいメッセージが綴られています。がんに対する独自の捉え方や、これまでの人生で起きた出来事への哲学が率直に記されています。
Q3:高須クリニックの診療や医師としての活動はどうなっていますか?
A3:体調に応じたコントロールを行いつつ、医療法人社団福祉会の理事長や昭和大学医学部客員教授、高須クリニック院長として、現在も医療現場や関連する公務に関わり続けています。
高須克弥氏の生き様は、現在「病気との向き合い方」や「人生の終活」に一つの強烈な指針を示しています。全身がんという重い現実を抱えながらも、「がんは夢の大きい病気」「死ぬことが計画できる」とユーモアを交えて語る姿勢は、多くの患者や医療関係者に精神的な救いを与えています。医師としての高度な専門性、メディアを通じた独自のポジション、そして社会貢献を貫く篤志家としての活動は、今後も多くの人々の記憶と共感に残り続けるでしょう。
Sources:
1. 高須克弥先生、がんは夢の大きい病気 - 札幌美容形成外科 —
2. 高須克弥院長、全身がん闘病中も前向き「夢の大きい病気」余命 —
3. 【最新版】高須克弥のがんの現在は?最新の病状と手術経過まとめ —
4. 【高須克弥院長】全身がん闘病「体調は最悪」 余命宣告 - YouTube —
5. 高須克弥氏、全身がん闘病中に遺す“最期の言葉” 『高須の遺言 —