国政選挙や地方選挙の開票速報でしばしば耳にする「供託金没収(きょうたくきんぼっしゅう)」。立候補時に法務局へ預け入れた多額の資金が、得票数不足によって戻ってこなくなる制度ですが、実際にどのような条件で没収となり、基準額はいくらに設定されているのか、詳細な仕組みまでは十分に知られていません。
日本の供託金額は諸外国と比較しても突出して高額であり、被選挙権の行使を妨げているとする廃止論議も長年提起されています。有権者が投じた1票の重みや選挙制度の深層を理解するためにも、各選挙における金額の違い、返還のボーダーラインとなる「没収点」、そして没収された資金の行方について詳しく解明します。
【制度の根幹】選挙における供託金制度の役割と没収される理由

公職選挙法に基づき、選挙へ立候補する候補者はあらかじめ法務局に一定の金銭または国債証書を預託(供託)することが義務付けられています。この金銭が「供託金」です。
供託金制度が設けられている最大の理由は、「売名行為や無責任な立候補の乱立を防ぎ、選挙の公正確保と秩序を維持すること」にあります。
もし誰でも完全無料で自由に立候補できる状態になると、自社の宣伝や単なる知名度向上を目的とした候補者が大量に名乗りを上げ、投票用紙の肥大化、ポスター掲示場の不足、開票事務の麻痺など選挙管理の実務が混乱に陥るリスクが生じます。そのため、一定の金銭的負担を課すことで立候補に対する本気度を担保させ、真摯に民意を問う意志がある候補者へ絞り込むフィルターとして機能させています。
選挙の結果、有権者からの支持が極端に低く、法律で定められた最低限の得票水準(供託金没収点)に届かなかった場合に「没収」というペナルティが執行されます。
【返還ボーダーライン】各選挙における供託金没収点と返還条件
預けた供託金は、当選した場合はもちろんのこと、落選した場合であっても有効投票総数に対して定められた一定割合以上の票を獲得していれば全額返還されます。この返還と没収の境界線を「供託金没収点」と呼びます。
没収点の計算方法は選挙の種類によって大きく2つのパターンに分かれます。
- 首長選・小選挙区制(1人区):有効投票総数の10%(参議院選挙区は8分の1=12.5%)が返還ライン。
- 地方議会議員選(大選挙区・中選挙区):「有効投票総数 ÷ 議員定数 × 10分の1」が返還ライン。定数が多い議会ほど1人あたりの獲得ボーダーラインは低くなります。
例えば、議員定数20人の市議選で有効投票総数が50,000票だった場合、没収点は「50,000 ÷ 20 × 1/10 = 250票」となります。このケースでは251票以上を獲得すれば30万円全額が返還されますが、250票以下にとどまると全額没収となります。当選ラインと供託金返還ラインは全く別物であり、返還基準をクリアしたからといって議席獲得に直結するわけではありません。
【一覧比較】選挙の種類別の供託金額と没収ライン対照表
公職選挙法第92条および第93条に基づき、国政選挙から地方選挙に至るまで、求められる供託金額と没収点は厳密に区分されています。主要な選挙種別ごとの基準は以下の通りです。
| 選挙の種類 | 供託金額(候補者1人あたり) | 供託金没収点(没収ライン) | 返還に必要な主な条件 |
|---|---|---|---|
| 衆議院議員(小選挙区) | 300万円 | 有効投票総数の 10分の1 未満 | 有効投票総数の10%以上の得票 |
| 衆議院議員(比例代表) | 600万円(重複立候補は300万円) | 名簿登載者数に応じた法定基準 | 当選人数に応じた法定返還額 |
| 参議院議員(選挙区) | 300万円 | 有効投票総数の 8分の1 未満 | 有効投票総数の12.5%以上の得票 |
| 参議院議員(比例代表) | 600万円 | 没収額=供託額-(600万円×当選者数×2) | 名簿登載者の当選実績に連動 |
| 都道府県知事選 | 300万円 | 有効投票総数の 10分の1 未満 | 有効投票総数の10%以上の得票 |
| 都道府県議会議員選 | 60万円 | 有効投票総数 ÷ 選挙区定数 × 1/10 未満 | 定数割後の10%以上の得票 |
| 政令指定都市 市長選 | 240万円 | 有効投票総数の 10分の1 未満 | 有効投票総数の10%以上の得票 |
| 市区長選(一般市長・特別区長) | 100万円 | 有効投票総数の 10分の1 未満 | 有効投票総数の10%以上の得票 |
| 市区議会議員選 | 30万円 | 有効投票総数 ÷ 選挙区定数 × 1/10 未満 | 定数割後の10%以上の得票 |
| 町村長選 | 50万円 | 有効投票総数の 10分の1 未満 | 有効投票総数の10%以上の得票 |
| 町村議会議員選 | 15万円 | 有効投票総数 ÷ 選挙区定数 × 1/10 未満 | 定数割後の10%以上の得票 |
衆議院の小選挙区と比例代表に重複立候補する場合、小選挙区分の300万円に加えて比例代表分の300万円、合計600万円を預託します。もし小選挙区で有効投票総数の10%に届かなかった場合、たとえ比例名簿で上位に位置していても小選挙区の供託金300万円が没収されるだけでなく、比例復活当選の権利も失われます。
【資金の行方】没収された供託金はどこへ行くのか?
ボーダーラインに届かず没収された莫大な供託金は、一体どこへ納められ、何に使われているのでしょうか。
公職選挙法第93条および第94条の規定により、没収された供託金は、国政選挙(衆院選・参院選)の場合は「国庫」へ帰属し、地方選挙の場合は「各地方自治体」の財産となります。
納付された資金は各行政機関の「一般会計歳入」に組み入れられます。つまり、特定の選挙管理費用や投票箱の整備だけに限定して使われるのではなく、福祉、医療、教育、道路や橋などの公共インフラ整備といった、行政サービス全般の一般財源の一部として扱われます。選挙に挑んで支持が広がらなかった候補者の自己資金は、結果として公の財源となり社会運営に充当される形となっています。
【制度の課題】世界最高水準の高額設定と廃止論議の行方
日本の選挙供託金制度に対しては、国内外から構造的な問題点が指摘されています。最大の問題は、日本の供託金額が世界的に見て極めて高額であるという点です。
先進各国の状況を見ると、イギリスの下院選挙では約500ポンド(約10万円前後)にとどまり、フランスやドイツ、アメリカの多くの州では供託金制度そのものが存在しないか、数万円程度の手数料や有権者の署名集めで代替されています。カナダでは2017年の裁判所判決を経て連邦選挙の供託金制度が撤廃されるなど、自由な立候補を促進する流れが世界的な主流です。
日本弁護士連合会(日弁連)などは、現行の数百万円に及ぶ設定について「憲法が保障する参政権(被選挙権)および法の下の平等を侵害し、資金力のない若者や女性の政治参加を著しく制限している」として、金額の大幅な引き下げや制度の抜本的見直しを提言し続けています。
一方で、「敷居を下げすぎれば、ポスター掲示場を商業広告やSNSのフォロワー集めに悪用する者が続出する」といった懸念も根強く存在します。有権者の選択肢を狭めない参政権の確保と、公職選挙の品位や秩序の維持という相反する要請の間で、制度のあり方は今なお大きな論点となっています。
【供託金没収】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:供託金が返還される場合、いつ頃どのように戻ってきますか?
A1:選挙終了後、選挙管理委員会から「供託原因消滅証明書」等の必要書類の交付を受け、供託手続きを行った法務局で払渡請求を行います。開票確定後、通常は数週間から1〜2か月程度で指定の口座に全額が振り込まれます。
Q2:選挙の途中で立候補を辞退した場合、供託金は返還されますか?
A2:立候補届出が正式に受理された後に自ら立候補を辞退した場合、供託金は返還されず全額没収となります。また、立候補資格がないことが判明して立候補が無効となった場合など、一定の法的例外を除いて自己都合による取り下げは没収対象です。
Q3:供託金を現金ではなく小切手や国債で納めることはできますか?
A3:現金のほか、国債証書(国債)を供託物として法務局に預け入れることが法的に認められています。ただし実務上は、手続きの簡便さから大部分の陣営が現金による供託を行っています。
供託金没収の仕組みは、一見すると単なる選挙のペナルティに見えますが、その背景には「無秩序な乱立の抑止」と「広く開かれた参政権の保障」という民主主義の根本的な対立軸が存在しています。
300万円や600万円という金額は、個人が挑戦するには極めて大きなハードルであり、得票率10%という没収ラインは各陣営にとって死活問題です。選挙速報を見る際は、誰が当選したかという勝ち負けだけでなく、各候補者が獲得した票数が供託金返還ラインを越えているかどうかに着目することで、有権者の支持の広がりや各陣営の戦いぶりをより多角的に読み解くことができます。